
2019.12.02
21世紀は嗅ぐエステ? 美容と健康の香りの世界

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久野 友萬香りに医療的な作用があることは古くから知られていました。バラの香りが眠りを誘うとされ、かのクレオパトラは眠る時に寝具にバラの花を敷き詰めたとか。アイヌにはズズランの香りをかぐと眠りに襲われ、山から帰れなくなるとの言い伝えがあり、花の香りが神経に強く影響することは経験的にわかっていました。
香りでストレスに対抗する
ストレスを受けると体内にはコルチゾールというホルモンが増加します。このホルモンの働きで体は緊張状態を保ち、ストレスに対抗します。コルチゾールの量は唾液を調べるとすぐにわかります。
線香の香りには刺激されるよりもリラックスする人が多いと思いますが、塩田清二昭和大学医学部教授によると線香の香りを嗅いでいる人の唾液ではコルチゾールが大きく減少するのだそうです。線香の香りによって緊張がほぐれ、リラックスしているわけです。
アルツハイマーなど脳の病気を改善できる!?
香りがアルツハイマーなど脳の病気を改善することもわかってきました。
鳥取大学の神保太樹らは認知症の高齢者28名を対象に、毎朝ローズマリーカンファーとレモン、毎夜ラベンダーとスイートオレンジの精油を使い、2時間ずつ芳香浴を行ったところ、患者の抽象的な思考力が向上しました。
また嗅覚の異常からアルツハイマーが起きることもわかっていて、アルツハイマーの早期発見に香りを使う研究も行われています。
「香りで痩せる」は本当か
では香りでやせるというのはどういうことでしょうか?
グレープフルーツの香りで食欲抑制
グレープフルーツの香りを嗅がせたラットは食事量が7割に減りました。
グレープフルーツの香りは体を緊張させる交感神経を刺激します。その結果、体温が上昇して脂肪が燃焼、食欲も抑えられ、体重が減るのです。塩田教授によるとグレープフルーツ消費量(平成20~22年)の日本一は新潟市で5222グラム。一番低かったのは宮崎市で490グラムだそうです。全体に西ほど消費量が低く東の方が消費量が多い傾向があります。寒い地域の人が無意識のうちにグレープフルーツによる体温上昇効果を感じて選ぶからかもしれません。
キンモクセイの香りで小食に
キンモクセイの香り成分が空腹を抑え、少ない食事でも満足させることもわかっています。
食欲をコントロールするオレキシンというホルモンがあり、この分泌量を抑えるのです。ラットでの実験では体重の増加量が1割減少、人間では7割程度の食事で満足感が得られることがわかりました。またバニラの匂いを嗅ぐと空腹を忘れられます。バニラの匂いを嗅ぐとアドレナリンが分泌、神経が興奮し、食欲が減退するためです。反対にカレーのようなスパイスの匂いを嗅ぐと空腹感が増すので用心を。
心身がリラックスすると痩せる?
こうした香りは神経を興奮させることで食欲を抑えるわけですが、食べることで脳神経から快楽物質が分泌され、心身はリラックスします。ストレスでやけ食いするのは、食べることで心身がリラックスしようとしているから。ということはリラックスさせる香りを嗅ぐと、食欲は自然と満たされる? 針葉樹の香りにリラックス効果があることは知られていますが、この香りを入浴剤や石けんに配合し、肥満で悩む被験者に使ってもらったところ、一様に体重が減ったそうです。
女性ホルモンの分泌にも!
さらに不思議な香りの効果があります。生理前のイライラや生理不順など女性ホルモンの乱れが原因の疾患が、セージやフェンネル、バジルなどの香りで改善するのです。こうしたスパイスの香気成分が女性ホルモンの匂い成分と類似していることが、女性ホルモンの分泌を促すようです。安全に症状を改善するとして、すでに一部の婦人科でアロマセラピーが取り入れられています。
ムスクには女性ホルモンを正常化させる作用が
官能的な匂いと表現されるムスクにも女性ホルモンを正常化させる作用があります。ムスク自体は非常に生臭い、悪臭に近いらしいのでが、ごくわずかに香水に混ぜると独特の奥行きを香りに与え、異性を魅了するとされます。嗅ぐと実際に性ホルモンの分泌が盛んになるのだそうです。ムスクは薬としても優秀で、心臓の薬として有名な六神丸にも配合されています。
香りを医療や美容に応用する研究はまだ日の浅い分野ですが、犯罪捜査に体臭を利用する研究なども始まっていて、今世紀は香りから新しい発見や技術が生まれそうです。
参考文献
『香りの世界をさぐる』(中村祥二・朝日選書)
『〈香り〉はなぜ脳に効くのか』(塩田清二・NHK出版新書)
『香りの分析と香りの効果効能について』(櫻井和俊・高砂香料工業(株))


